酒匂基次と越秋穂は親友だ。秋穂は明朗な青年で母の正子のヘソクリを借りては金貸し業をする学生商人。基次は、広告代理店の重役である父をもちながら病床にある母の延子を置いて、かたくるしい上流社会の空気を持つ家庭からとびだし、盲目のマッサージ師の好子と世帯をもっていた。酒匂家では、家族会議が開かれ、基次は母の延子が生きている間だけという条件で家に帰って来た。酒匂家で静かな歓迎を受ける二人に、小さな魂が宿った。二十一歳の父が誕生するのだ。一方秋穂は美貌のクラスメート恭子と結婚を約束していた。その頃、基次の母は息をひきとった。基次は最初の契約通り、酒匂家を出てアパートに移った。やがて酒匂家には初孫が誕生した。その幸福感を味う暇もなく、基次は、赤ん坊を背負った好子が交通事故に会うという惨事に出くわした。落胆した基次を慰める家族の言葉に、新しい生活に入るとみえた基次が、ある夜突然睡眠薬自殺を計った。父は盲目の嫁が、息子の心にそれ程の重さをもっていたとは信じられなかった。唯一人、それを理解したのは、彼の親友秋穂であった。
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