北上川の畔り、盛岡在の一高校恒例の職員慰労会が土地の料亭でひらかれる。席上、血気の本田教員は校友会費を芸者あそびに使う不当をなじって、座を蹴った。英語教師安西はその一途に社会の汚濁へ歯むかう若さにかつてのじぶんを視る思いがし、本田をわが家に伴いかえったが、話はいつしか回顧談となるのだった。--三年前、安西は妻の伸江、駿、千栄子の二人の子供とともに都営アパートに住み、兜町の証券会社に脱税事務係として勤めていた。じぶんの仕事への憤懣がある日税吏接待の席上で爆発し、社長に辞表をたたきつける。すぐ後悔したものの、もう取返しつかず、笑顔でむかえる伸江に真相を告げることもかなわなかった。ボーナス目当に約束した二輪車やお人形を、毎日子供たちに催促されるけど、退職手当も出ぬとあっては、泣きたいような思いである。彼は毎日ウソの出勤をしては職さがしに奔走した。折からの猛暑で千栄子は疫痢にかかり入院する。その病院費や、これもかねて約束していた義妹みや子の結婚祝いなど、さし迫る金の工面で必死となっている或る日、職安所で中学時代の旧師吉岡先生と会った。今はカロリイ軒なる洋食屋を営む先生の手伝いをはじめた安西は、カロリイ軒のプラカードを掲げて街をながす。漸く千栄子も退院し、子供らと打そろってみや子の結婚衣裳をみにでかけた伸江は、偶然そのプラカード姿を目にして夫の失業を知った。はやく夫の苦しみを妻の自分にわけてほしかった、と泣く彼女に、安西は言葉もなかった。みや子のすすめで彼女はキャバレーの女給となるが、それはいつまでも安西のプライドがゆるしはしない。……そんな苦しい日々の果てに、吉岡先生の手づるを頼って彼は田舎の、この高校の英語教師となったのだった。--しかしこの夜「就職を終点とみる考えには反対だ」という本田の若々しさに、安西は思わず青春をとりもどした。いつにない張りきった夫の顔を、伸江が幸福そうにうち眺めた。
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