貴美子は、ひとり身で箱根の旅館仙楽荘を経営するくに子の一人娘だ。劇作家志水先生がつれてきた若い仏文翻訳家波多野敬一に、彼女はほのかな好意を抱いていた。そんな彼女を、亡き父の遠縁に当るお加代の一人息子で、母子で旅館を手伝っている泰治が淋しく見ていた。宮の下の旅館清風楼の息子勝則との縁談も断わって、彼女は志水先生からの上京のさそいに応じることにした。上京した母娘は芝居見物をし、夜に入って貴美子は波多野と散歩した。仙楽荘に帰ると、番頭堀川が女中のお咲を妊娠させるという事件が起っていた。二人を旅館から出して、くに子は別れの餞別を与えた。貴美子は勝則が芸者の蝶子と深い関係をもっているのを知った。しばらくしてまた志水先生が波多野をつれてきて、貴美子は波多野との愛情を確かめることができた。それを、おり悪しく泰治が聞いていた。その日から泰治は家を出てしまった。かつて仙楽荘の女中で、今は兄の薬代のため小田原の料理屋にいる信子のもとで、泰治は酒にひたっていた。そんな彼を信子はせめた。一方貴美子は、二人の結婚の許しを得に帰った波多野の便りを待っていた。くに子もそのために彼の家にでかけた。しかし、波多野の母の言葉は冷たいものだった。最悪の場合には波多野と姿をかくしてもいいという母のはげましを後に、貴美子は上京して彼に会った。だが彼の言葉は、意外にも諦めに徹したものだった。うつろな気持で小田原駅におりたった貴美子は、そこで更にお金をかせぐため遠い所へ行く信子に会った。仙楽荘に帰ってなぐさめてくれる母に、貴美子は自分よりもっと不幸な人がいるのが解ったと言った。母と子はひしと抱きあった。ちょうど町は祭礼だった。泰治とともに裏山に登った貴美子は、今はおちついた自分の心を、彼に語るのだった。
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