巨大な工場と、煙と音が交錯する街川崎。野上則子は、そんな街のかたすみに住む、高校生だ。家族は、タクシーの運転手の父竜太郎、工場で働く母千枝子、それに女房に死なれた竜太郎の弟亀三の子供ひろしの四人。母千枝子は、幼い日に別れた母静江への想いを筆に託して詩集をつくっていた。それを知った則子は、ステレオ欲しさに、母の詩集から一篇を抜き出し新聞に投稿し、賞金三万円を狙った。やがて、その詩は佳作に入選した。が、その喜びも束の間、父竜太郎が進行性肝炎で倒れた。戦争で受けた鉄砲弾が体に入っていたのが原因だった。夫の死とともに千枝子の生活は一変した。チンドンヤ夫婦を二階に同居させ、工場もやめて儲けの多い氷屋に転業した。そんなとき、新聞社を通じて捜していた千枝子の母静江が九州にいることがわかった。千枝子は信じられない嬉しさに茫然としながらも、何度も母のもとへ手紙を出した。が、返事はこなかった。数日後静江からの伝言を持った静江の次男松崎弥太郎が千枝子の許を訪れた。“逢いたくない、そっとしておいて”それが静江の答えだった--静江はかつて、村に演習に来た兵隊と過ちをおかし、千枝子を生んだが、その後生活のために妾となり、料亭を転々として後二人の子供のいる松崎弥兵衛の後妻になったのだ--竜太郎の病いは日ましに悪化し、遂にこの世を去った。生活は苦しくなった。千枝子はタクシーの運転手になり、則子はパチンコ店でバイトを始めた。そんなある日、突然千枝子の許に静江が上京してきた。長い別れが、一度は感情のもつれを引きおこしたが、親子の愛情はたちがたく、静江は再び千枝子の許に帰ってきた。初秋の爽やかな空の下、晴々とした則子の顔があった。
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